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夜勤体制の変化:福井県看護連盟


連盟ふくい座談会:夜勤体制の変化福井県看護連盟 座談会 夜勤体制の変化



家族と仕事の板挟み…続けてこられたのは、周囲の協力があってこそ。

司会

夜勤体制がかなりきつくて、ご家庭にも迷惑をかけたというお話でしたが、たとえば夜勤の時に子供さんが熱を出して、それでも職場に行かなくてはならないということもあったと思います。
そういう時に、母親としての気持ちと、看護師としての気持ちとの間で葛藤はありませんでしたか?

畑中

そうですね。今は子供さんのことを優先するのが当たり前という社会的な風潮がありますが、私たちの時代は、仕事というものは人に迷惑をかけちゃいけない、自分が行かないと迷惑をかける、という看護師としての思いがすごく強いので、そちらの方が優先になっていましたね。よほどの事がないかぎり休めないと自分の中で思っていました。

今は核家族が増えていますけれども、私の場合は親と同居していて、幸い親がちゃんと見てくれるということもあったので、仕事一辺倒で来ることができましたけれど。

でも、核家族で見てもらえないという人にとって、休めないという状況は相当厳しい。休んじゃいけないと思いながら休まざるを得ないという葛藤はすごく強かったと思います。

宮永
“姑さんに子供をあずけて研修を受けることもしばしばでした。”

私の場合は、姑さんがいらっしゃったので、たとえ子供が病気になっても、姑さんが面倒を見てくれましたし、長期の研修があっても、姑さんが子供の世話をしてくれて、そのおかげで仕事をやって来られました。

当時はバス通勤でしたので、朝出てしまえば、当直制でなかなか家に帰れないという状況が何日か続いた事もあり、今みたいに車で自由に病院に行き来できる時代でもなかったので、家よりも病院の方へウェイトを置いた仕事をしていたと思います。

山田

私の場合、初めの子供の時は産休が6週間で、次の子供のときは8週間だったんですよ。2週間の差ですけれども、身体の負担がすごく違うんですね。

仕事に行くために子供を親か保育所に預けるんですが、日勤中もちゃんと子供を迎えにいけるかどうかが頭から離れませんでしたし、夜勤の時は母親と連絡をして、家に来てもらったり、預けに行ったり。妹の旦那さんに病院の前まで乗せてもらった母親が子供を受け渡ししたということもありました。「5時から検査をするから残って」と言われても、主人になかなか連絡がつかなくて困ることもありました。

母親や兄弟や甥にも保育所に迎えに行ってもらったり、自分が働くために、いろいろな人に関わってもらったな、という気はします。私は仕事をしていると他のことは考えられなくて、子供には随分迷惑をかけたんじゃないかと思います。

司会

でも、お母さんの働いている姿を見ているわけですし、子供さんも分かっていらっしゃったんではないかなと思いますよ。

山田

それがですねえ、仕事が終わった時、子供が「お母さん、ずっと怒り顔をしていた」って言ったんですよ。休みの時にはけっこう自分で子供を連れ出して遊んでた覚えもあったんですけど…。ある時、子供にそう言われたんですね。「お母さん、いつも怒り顔をして恐ろしかった。仕事が終わってからは、いつも笑ってるんや」って言うんです。

私、自分の仕事場のことはあまり自覚していなくて、仕事について周りが辞めろとか、ああしろ、こうしろと言われたこともなかったですし、1ヶ月の研修なども「はいはい」と行ってましたけど、周りからは、とても厳しい職場だと思われていたのかな。

司会

そうですよね。先ほどからお聞きしている通り、確かに家族の協力があってこそ看護師は仕事を続けることができるんだと思います。

山田

準夜勤は夜中の12時で終わり、深夜勤がその翌日の16時半から始まりますと、休む時間がないんですね。朝終わって夕方来るという勤務を何年もやっていました。

休みがなく家と職場を行ったり来たり。それでも仕事を続けられたのは、仕事が好きだったからじゃないかなって気がします。

司会

確かに仕事を全うするのが看護師の使命であり喜びであるという側面はありますが、最近の若い看護師さんは、その点についてどう考えているんでしょうね?

宮永

推測ですが、今の若い方は能力も高く、非常に自由な世の中で仕事面でも育児面でも便利になっています。でも、自由に仕事ができるが故に、かえってジレンマが起きるのではないかと思います。

私たちはできない部分が多かったために、疑問すら感じないで、どちらかを犠牲にするのは当然、仕事が大事と思っていたので、かなり今の若い方とは考え方が違うかも知れません。

司会

そうですね。
私たちの若い頃は、仕事をしないといけないという使命感で働いていたけど、そんな状況の中で周囲に配慮してもらったことなどはありますか?

宮永
“役割分担が進み、患者さんのケアに注力できるようになってきました。”
上:薬局室、下:病理検査室

配慮はいろいろしていただいたと思いますよ。

例えば、忙しい時には病棟同士で応援体勢を組んで頂いていたこともありました。また、夜勤では、患者さんの療養上でのお世話だけでなくて、いろいろな検査・薬の準備、機械・備品の衛生の点検や交換なども忙しくこなしていたんですが、業務整理が行なわれて、日中にそれをきちんと作業していただけるようになったりもしました。

私たちが働きやすいような環境作りなど、先輩の方々がいろいろ考えてくださったおかげで、少しずつ働きやすくなってきたんじゃないかな。

個人的な苦労もありましたけれども、それでも仕事を続けてこられたのは、家族の協力と、やはり職場環境を少しでも良くしようとういう働きかけがあったからだと思います。